好き#1『SM58』

SM58。通称ゴッパー。
どのスタジオにも、どのライブハウスにも必ず置いてあるマイク。
俺も、ボーカリストとして物心ついた時から今に至るまでの長いお付き合いだ。
まるで幼馴染みとそのまま添い遂げるような、そんな一途な関係性。
ゴッパー。
いや、そんな他人行儀な呼び方はやめよう。
お前はパー子だ。俺もペーだし。パー子、愛してる。

…なんてことを言っているけれど、白状すると、俺はある時期他のマイクと関係を持っていたことがある。
相手の名前はEx-Pro。プロ美。
高級ワイヤレスマイクだ。

当時は俺も青かったし、プロ美の「高級」「ワイヤレス」という華やかな響きにコロッとやられてしまった。
そして未熟だった俺は、相対的にパー子に対して不満を抱くようになってしまった。

プロ美はあんなに素敵なのに、パー子お前ときたら。
グリルもデコボコだし塗装だってはげてるし。
恥ずかしいから、その野暮ったいケーブルをしまってくれよ。と。

実際、新しいという贔屓目を抜きにしてもプロ美は素晴らしいマイクだった。
声もしっかり拾ってくれるし、何よりワイヤレス。ケーブルの煩わしさがない。
俺はライブの度にプロ美にのめり込み、プロ美もそれに応えてくれた。
もう他のマイクなんて考えられない。プロ美、君は最高さ。
パー子?ああ、そんなのもいたっけな。まあスタジオでは使ってやるよ。なんて具合に。

事件は、そんな時に起こった。

好奇心が抑えられなくなった俺は、プロ美の中身を見てみようと思い、実行してしまったのだ。魔が差したとしか言いようがないが、気づいた時には身体が動いていた。

ケースの中で眠るプロ美をそっと取り出す。
そしてグリルをゆっくり回し取り、ひんやりした外装をスルスルと脱がしていく…。
そうして露わになったプロ美の真の姿を見て、俺は愕然とした。

「SM-58」

そこには、イヤというほど見慣れた名前が書いてあった。
プロ美の正体は、高級ワイヤレスマイクのコスプレをしたパー子だったのだ。

その時の気まずさったら。
浮気がずーっとバレてたんだから。
いや、相手はずっとパー子だったワケだし、厳密に言えば浮気か分からないよ?いや〜浮気じゃないんじゃないかな?でもなんだろな〜ドッキリに引っかかったような居場所のなさっていうか、手のひらで転がされてたような情けなさっていうか、でもそれとは裏腹に「俺の見る目は正しかったんだ」って誇らしさもあったりして…スイマセンパー子さん、とりあえずライブの時だけはそのコスプレ続けてもらってもいいですか?

そんな俺の願い通り「スタジオではパー子、ライブではプロ美」という、一見今までと変わらない関係が続くことになった。
でも、俺はもう分かっていた。プロ美なんて最初からいなかったことを。
俺の側にいてくれたのは、いつだってパー子だったってことを。

都合のいい話かもしれないけれど、この一件があってから俺とパー子はより深く分かり合えたような気がしている。
バンド解散のドサクサでワイヤレスはどこかに行ってしまったけれど、それでもいいんだ。これからもパー子が変わらずそばにいてくれるなら。

未だにケーブルの8の字巻きも上手く出来ない俺だけど、これからもよろしくな。
それは出来ろよ。